自分と結婚する話
大きな洋風の屋敷で、カーペットの敷かれた薄暗い廊下を走っていた。裾の広がった真っ赤なドレスと華奢な踵の真っ赤なハイヒールのせいで、ずいぶんと走りづらい。
途中で大学同期の男子二人とすれ違った。二人とも運動用のシャツと短パンでラフな格好をしている。一人目は腹を手で叩いて音を鳴らし、左右に揺れながらゆっくりと歩いていた(彼のいつもの癖だ)。二人目はアコースティックギターをポロンポロンと弾きながら、気分良さそうに歩いていた。知り合いに二人も会うなんて、すごい偶然だな、などと私は思ったが、特に不思議がることは無かった。
台所に立っていたのは母だった。
「ちょっと来て、良いから良いから」
呼び寄せられ台所に入る。母は茹でたパスタをちょうど水切りし終えたところのようだった。二枚の深皿にそれぞれ素パスタが盛られている。
「この二つ、どう違うか当ててみて」
母から菜箸を渡され、私は二種類のパスタを食べ比べた。違いはあまりよく分からない。片方が少し塩味が強いような気がする。
「わたくしにも試させてください」
と、フォーマルな服を着た凛々しい老紳士が突然現れた。彼が『爺や』だ、と私は何の不思議も無く思った。
爺やは二種類のパスタを食べ比べると、菜箸を置いた。
「片方には塩味を、もう片方には白ゴマの風味を効かせてありますね」
「当たり!」
母は嬉しそうに言い、そして私に笑いかけた。
私は小部屋のドアを開けた。中は真っ暗で、ほとんど何も見えない。何者かが中にいて動いているのがかろうじて見えた。怖くなった私は入るのを躊躇ったが、この部屋に入るよう母から言いつけられたことを思い出し、部屋の中に入りドアをそっと閉めた。
すると突然、明かりがついた。部屋の中にいたのは、私だった。いや、正確に言うと私ではない。私のようだが、明らかに男性だ。背は高いし、体つきもゴツゴツしている。私を男性化したらきっとこうなるだろう、という見た目だ。パリッとした黒いタキシードを着て、短い髪を整髪料でかため、眼鏡をかけている。
私はとても驚いた。と同時に、心のどこかでは『こうなるべくしてなったのだ』と納得していた。私が彼を見つめながら立ち尽くしていると、彼は微笑みながら歩み寄り、私を抱きかかえてどこかへ歩き出した。
私と彼は豪華な大きいソファに並んで腰掛け、その周りに私の家族がずらりと並んでいる。私達と向かい合うようにして古そうなカメラが三脚にセットされている。
「それでは撮ります。にっこり笑ってくださいね」
と爺やが言って、カメラのシャッターを切った。
写真を撮り終えた爺やはツカツカと私達の前にやってきて、そして恭しくひざまづいた。
「それでは、お二人とも、誓いますか?」
私は困惑した。
「何を誓うの?私とあなたで結婚するってこと?自分と結婚するなんてできるの?」
「できるよ」
と彼は言った。
「誓うだけで良いんだ」
私は恐ろしくなって、黙り込んでしまった。
私は私になっていた。ドレスもタキシードも着ていない、普段通りの、一人の私だった。さっきまでの自分が半分ずつの存在だったことにようやく気づいた。
そうか。私と私が『結婚』したのだ。
何も無い部屋の中で一人、私はそっと安堵した。
……という夢を見ました。いつも以上に支離滅裂で、自分でもよく分からない夢でした。
今日の話は、これでお終い。