終電を逃す話
祖父母の家に向かおうとして終電を逃してしまった。乗り換えに失敗したのだ。ギリギリの乗り換えで急いだあまり、間違えて別のホームに来てしまった。気づいた時には、もう終電は発車した後だった。
『終電逃しちゃった』
『今〇〇駅。タクシーで向かうね』
と祖父母に連絡し、私は改札を出た。終電を逃した人はどうやら私以外にも大勢いるようで、改札から出た人がぞろぞろとタクシー乗り場に歩いていく。
私がタクシー乗り場にたどり着くと、タクシーを待つ人はすでに長蛇の列をなしていた。しかしここは寂れた住宅街にぽつんとたっている駅なので、タクシーはなかなか来ない。少しずつしか進まない列に痺れを切らした頃、ようやく私は列の前から二番目になった。
タクシーが来て、私のひとつ前に並んでいたサラリーマンが乗り込んだ。ドアの閉まる直前に
「良ければ先に乗りますか?私はもう少し待てるので」
と言って順番を譲ろうとしてくれたが、申し訳ないので丁重に断った。
しばらくして、次にタクシー乗り場にやって来たのはタクシーではなくワゴン車だった。運転手は優しそうな若い男性だ。
「隣の△△駅に行けばタクシーいっぱいいるんで、そこまで送りましょうか?この車なら何人か乗れますよ」
と彼が言うので、私とその後ろに並んでいた人達の合わせて五人でワゴン車に乗り込むことにした。
お互い見知らぬ人どうしだが、やっと帰れる安心感からか車内には和気藹々とした空気が流れている。
〇〇駅のロータリーを出て少し進むと、大きな国道につきあたる。ここを右折し線路沿いに走れば、すぐに△△駅が見えてくる。
しかし、ワゴン車は右折せずにそのまままっすぐ進み始めた。やがて住宅街を抜け、周囲には暗い雑木林のような景色が広がっている。
「あの、もしかして道を間違えていませんか?」
と遠慮がちに言うと、運転手は
「ああそうかもしれません!すみませんね」
と言って方向転換した。
気づけばワゴン車は人気のない廃工場群の中を走っていた。△△駅に着く気配は一向にない。運転は荒く、和気藹々としていた車内も静まりかえってしまった。ただ一人、運転手の青年だけが楽しそうに喋っている。
「あの……。やっぱり電話でタクシーを呼ぼうと思うので、ここで降ろしていただけませんか?」
「いやいやとんでもない!真夜中にこんなところで降りたら危ないでしょう。俺が駅までちゃんと送りますよ」
「△△駅はあとどれくらいで着きそうですか?」
「もうすぐですよ」
身の危険を感じた私は、iPhoneに緊急SOS機能が備わっていることを思い出した。うろ覚えの知識を頼りに、私はこっそりiPhoneのサイドボタンを五回連打した。
次の瞬間、大きなブザー音がiPhoneから響き渡った。緊急SOS機能を発動します、緊急SOS機能を発動します、と無機質な声でiPhoneが繰り返す。
青年は急ブレーキをかけた。ゆっくりと振り返り、無言でこちらを見つめる。先ほどまでの笑顔は跡形もなく消えている。
「……どうしてそんな事したんですか」
そう呟く彼の前で、私は蛇に睨まれた蛙のように震えをおさえ、彼から目を逸らさずにいた。車内にはiPhoneのブザー音が空虚に鳴り響いている。
……という夢を見ました。なんとも後味の悪い夢です。目覚めたあと思わずiPhoneの緊急SOS機能について検索してしまいました。実際この機能を使うときに警告音が鳴るようにするかどうかは設定で選べるようなのですが、間違えて意図せず発動させてしまうのを防ぐ効果もあるので、警告音を消すかどうかは悩みどころですね。
今日の話は、これでお終い。