殺人鬼の話(後編)
全てを思い出し理解する前に、ボブは事務所を出発してしまった。だがボブを追いかけるよりとりあえず他のメンバーを避難させるのが先だ。
事務所の奥には小さな隠し扉があり、そこから狭い階段を降りると外に出ることができる。私は他のメンバーに事情を手短に話し、そこから避難させた。最後に私が脱出する少し前に殺人鬼集団が到着し、事務所に火を放った。階段まで火が回るギリギリのところで、私は奴等に気づかれることなく脱出に成功した。
無事に事務所を脱出した私達は近くの倉庫に隠れた。各メンバーに武器を配布した私は、街中を彷徨いているであろう殺人鬼たちの捕獲は彼らに任せてボブの救出に向かうことにした。
「ねぇ、ところでボブはどうしたの」
メンバーのアリーが言った。彼女は私の恋人だ。
「……ボブは今日オフなんだ。だから大丈夫だよ」
私は咄嗟に嘘をついた。本当のことを言えばきっとアリーは私を心配するし、引き止めるだろうと思ったからだ。だが私は行かなければならない。ボブを救えるのは私1人しかいない。何故だかそんな気がしていた。
「何か隠しているんでしょう?本当のことを言ってほしいの」
アリーが私の手を握って言った。
「もう行くよ」
アリーの手をそっと払い、後ろめたさで背を向けつつ言った。
「お願い、行かないで!危険なことを1人で背負いこむのはやめて!」
アリーがそう叫んだとき、私はもう走り出していた。
しばらく走っていると、バスからちょうど降りたボブが第二事務所に向かって歩いていくのが遠くに見えた。どうにか間に合ってくれと願いながら加速し必死に走る。
ボブが第二事務所に入った直後に私も到着した。
「ボブ!ここはもうすぐ襲撃される!逃げるぞ!」
中に入った私がそう叫ぶや否や、第二事務所の入り口が開き、『バットマン』のジョーカーそっくりな見た目をした殺人鬼が入ってきた。唯一の出入り口に立ち塞がれては逃げ場がない。私達は階段を駆け上がり屋上に向かった。
屋上に着いた私達は、パイプを伝って地面に降りることにした。建物から脱出し広い場所に行けば反撃のチャンスはあるはずだ。ボブが先に降り、私はそのすぐ後を追いかけた。
外に着地するとすぐ、ナイフを持ったジョーカーがどこからともなく現れた。なぜか私には見向きもせずボブ1人を狙っているようだ。私が着地に失敗してよろめいている隙に、ジョーカーは手に持ったナイフでボブに襲いかかった。
と、その時、上裸の屈強な見知らぬ男性がナイフでジョーカーを阻止した。すんでのところで攻撃を免れたボブは走って逃げた。
「どうしてなんだ!お前は誰だ!」
ボブを殺し損ねたジョーカーはそう言って激昂し始めた。
次の瞬間、ジョーカーは人間と思えない速度でその男性に詰め寄ると、化け物のように大きな口を開けて男性を飲み込んでしまった。男性を取り込んだジョーカーは粘土のようにムクムクと形を変え、ケンタウロスになった。
すでに走って逃げていたボブはジョーカーからかなりの距離を取っていたが、ケンタウロスになったジョーカーの速さにはとても敵わない。あっという間に追いつかれ、ボブもジョーカーに取り込まれた。
そいつはもはや人ではなくなっていた。周囲の人間や建物全てを一瞬で飲み込み巨大化していった。ただの大きな塊と化した体に、ディズニーキャラクターに似たポップなデザインの顔がついている。私は必死に走ってそいつから逃げた。
とうとう私は街の端までやって来た。目の前には橋のない川、背後には化け物。街の全てはすでにそいつに飲み込まれ、世界に私とそいつしか存在しないかのような景色が広がっている。
化け物はゆっくりと口を開き、声を発した。
「運命を変えようというんだから、悪い方に変わる可能性だって当然考えていたんだよなぁ?」
……という夢を見ました。夢の中の私は男性でしかも英語話者だったので、目が覚めたときに奇妙な気分になりました。
ちなみに何故か夢の中の私・ボブ・アリーはそれぞれ、映画「ハイスクールミュージカル」の主要メンバーであるトロイ・チャド・ガブリエラの見た目をしていました。ハイスクールミュージカル自体は殺人鬼など微塵も関係ない楽しい青春ものなので、ぜひ一度観てみてください。
今日の話は、これでお終い。