愛と死の話
彼は子どものように、落ち着きなくうろうろと布団の周りを歩き回っていた。気分が高揚しているのか、楽しそうにはしゃいでいる。
「もう、布団に入らなきゃダメでしょ。もうすぐなんだから」
私も口ではそう窘めるが、内心ではそんな彼を微笑ましく思いつつ見守っている。私に咎められると彼は肩をすくめて布団に入り横たわるのだが、しばらくするとまた布団から出てしまうのだった。
私は彼を膝枕し、頭を撫でて寝かしつけていた。姿は人間でなく真紅の狼になっているが、中身は彼に違いないことを私は知っていた。まだ眠くないよ、とでも言いたげに彼は目をぱっちり開き、度々私を見上げては微笑んだ。
すぐ側に置いたデジタル時計の示す時刻は、ゆっくりと、しかし確実に、『そのとき』へと近づいてゆく。
先ほどまで元気だった彼が急にぐったりとし始めた。眠くなった赤子のように目つきがとろんとしている。『そのとき』が来たのだと、私は気づく。
彼を腕に抱きかかえ、私は嗚咽を漏らして泣いた。彼を失いたくなかった。彼がか細い声で何か言うので、口元に耳を近づける。
「ごめんね」
そう言い残すと彼の体は砂になり、私の腕からすり抜けた。キラキラと輝く砂にまみれ、私は一人で泣いていた。
私は彼を、どうしようもなく愛していた。
祖父が小さな木箱を持ってきた。私は彼の残骸である砂を丁寧に両手で集め、その木箱に一粒残さず入れた。祖父は木箱の蓋を閉じ、砂が溢れることのないように四隅のネジを締めた。
私はある儀式をしようとしていた。目の前に流れる穏やかな川は、大きな滝に繋がっている。この川に木箱を流し、滝壺に落ちてきた木箱をもう一度拾えば、彼が蘇るはずなのだ。私は神妙な顔をして、木箱をそっと川に流した。
私は滝壺の側に立ち、木箱が落ちてくるのを待っていた。ほどなくして、私の流した木箱が滝から落ちてきた。落ちる途中で木箱は岩にぶつかり、蓋が取れてしまった。
茫然と立ち尽くす私の前に、蓋の取れた木箱が落ちてきた。濡れた空の木箱を拾い、私はしゃがみこんだ。こぼれた砂が、目の前を流れていく。
彼は二度と蘇らない。轟々と響く滝の音の中で、私は再び静かに泣いた。
……という夢を見ました。私が見る夢はたいてい怖いもしくは奇妙のいずれかであることがほとんどなので、悲しい夢は久しぶりに見ました。目覚めたとき、夢だと分かっているのに思い出して喪失感で泣いてしまいました。
今日の話は、これでお終い。