夢見カタバミ

ぱるふぁん(twitter→@parfum_de_robe)が見た夢の内容を淡々と記録していきます。

真夜中の少年の話

真夜中の校庭の隅で、何かから逃げていた。住んでいるアパートで何かに襲われて、同居人の少年に手を引かれつつ、裸足で飛び出してきたのだった。少年は昭和の小学生のような見た目をしていて、ドラえもんに登場するのび太に似ている。私は少年よりも年下であるらしく、少年を見上げる体勢で走っている。

うさぎ小屋の近くで私達は立ち止まった。深い暗闇の中で、真っ白なうさぎが蠢く様がぼうっと浮かぶ。

「あのね、前にもこんな事があったの。夢の中での事だったけど」

私が少年に話しかけると、少年は穏やかな笑みをこちらに向けた。

「お姉ちゃんと一緒に、こうして逃げている夢。でも、お姉ちゃんも同じ夢を見ていたの。だから夢じゃなかったのかもしれない」

「そんな怖い事を言うなよ」

少年は硬い笑顔で目をそらした。

 

「それで、これからどうすれば良いんだい」

そう言って少年は少ししゃがみ、私と目線の高さを合わせる。周りには街頭も無く、真っ暗な林が広がっている。前方の地面には点々と赤い光が道のように続いている。よく見るとそれは小さな火であったが、地面の上の何かが燃えているようではなかった。誕生日ケーキにささっている蝋燭の、火だけをそこに移したかのようだった。

「この道をずっと行くと、真っ黒な看板のバス停があるはずなの。昔見た夢の中では」

不安な気持ちでいっぱいになり、少年の手をぎゅっと握る。

「だけど、本当にあるかは分からないの」

少年はにっこりと私に笑いかけた。

「おいおい、そんな怖い事ばかり言うなって。大丈夫だよ、バス停はきっとあるよ」

私はゆっくりとうなずいた。

「それからね、火は全部消さなきゃいけないの」

火を全部消すこと、それが何故かとても難しいことかのように思え、不安が加速する。

 

背後で何か物音がした。少年に強く腕を引かれるようにして、私たちは走り出した。走りながら私と少年とで足元の火を消していく。少年は靴で火を踏み消し、私は息をかけて吹き消す。途中、少年があまりに速く走るので私は火を一つだけ消し損ねてしまった。とても後ろめたく感じた私は、少年にその事を言い出せないまま走り続けた。

 

少年と私は、手を繋いで真夜中の道路を歩いていた。もうずいぶんと長い時間、二人は無言だった。広い国道のような道で、歩道は無く、車が全く通らないので車道を歩く。道路の向こう側にはぽつぽつと無人の店が並びネオンが光っているが、道を進むにつれだんだんと店の数は減ってきているようだった。しばらく歩くと、無人のガソリンスタンドが現れた。大きな看板に取り付けられた切れかけのネオンはチカチカと光っているが、他の明かりはすべて消えている。

「こんなところに、ガソリンスタンドなんてあったかな」

不安になった私は少年に話しかけた。

「前からあったよ」

少年は前方に顔を向けたまま言った。

またしばらく歩くと、無人のダイナーが現れた。看板のネオンはほとんど切れかかっており、かろうじて弱々しい光が点滅しているが、店内の明かりはやはり全て消えている。

「こんなところにこんなお店、あったかな。絶対に無かったよ」

少年が立ち止まってくれることを期待して、私は再び少年に話しかけた。

「あったよ」

少年は足を止めることなく、無表情で前を向いたまま短く答えた。

 

少年は突然立ち止まった。こちらに向き直り、私の両肩に手を置くと優しく微笑んだ。

「ちょっと向こうのほうの様子を見てくるね。ここで待っててね」

イヤ、置いて行かないで、と私は幼児のようにぐずって少年の腰に抱きついた。

 

世界は真っ暗になっていた。まるで、完全な暗闇の中に私と少年しか存在しないかのようだった。何も無い闇の中で、私と少年は向かい合って立っていた。少年は私よりもずいぶんと背が高いように見えた。そして直立不動の姿勢で、私を冷たく見下ろしていた。

「もう戻れないよ」

口すら動かさずに、少年が声を発した。

「ごめんね。もう二度と戻れないんだよ」

なぜ少年と一緒に逃げていたのか、私は考えていた。はじめに少年がなぜアパートにいたのか、私は思い出せなかった。この少年は誰なのか、なぜ私がこんなにも少年を信頼していたのか、少年と手を繋ぐとなぜとても安心できたのか、今となっては分からなかった。

「どうして戻れないの?」

涙が溢れないように必死で目を見開きながら、私は少年を見つめ返した。長い長い沈黙の後、少年は再び声を発した。

「火を消さないのがいけないんだ」

 

 

 

……という夢を見ました。夢の中の私はずいぶん幼かったようで、目覚めた瞬間に急に成長したような、奇妙な感覚に陥りました。

 

今日の話は、これでお終い。